@yuing__ の話

鬱になって休職したあと退職した人がtwitterでつぶやかないことを書きます。

2018年7月22日の話

目が覚めたときアルコールが抜けきってないときのような気分になっていました。やたらと口の中の乾きが気になりましたがそれでも低血圧で30分以上動けないでいました。やっと動けるようになってから口を濯いで歯を磨いてからコップ1杯の水を飲んだらいつもどおりでしたがよく考えたら寝る前に薬を飲むことすらしてなかったことを思い出しました。すんなり眠れた事もあってすっかり忘れていました。あと、壊れたまま3ヶ月以上放置していた部屋の時計が知らぬ間に直っていました。多分直すとしたらお父さんになるのですがわざわざ私が寝ているうちに直してくれていたのかと驚きました。

 

今日は日曜日なのでリビングにお父さんがいました。弟も自室にいるようでした。すこしして朝イチのシフトをこなした後のお母さんを途中で乗せる形で隣町に行きました。買い物とそのついでの外食をしたのですが私が用事があるから早めに帰りたいというわがままを言って普段だったらどこかに寄り道する帰り道も真っ直ぐ帰ってもらいました。月1か月2で大量に酒を買い込むためにわざわざ隣町に行かなきゃいけないのでそれ自体地元の何もなさを痛感してなんとも言えなくなるのですがそういう機会があるから定期的に家族で集まることができて結果同じ家にいても散り散りになるなんてことがないのかなとも思いました。

 

用事というのは旧友に会うというものなのですがそれが決まったのが本当に急でした。昨日は帰宅後何もせず寝ることにしたので何も書かなかったですが寝る間際、旧友が弾丸旅行のごとく一瞬だけ地元に帰ってくると一報いれていてびっくりしたのでじゃあ会おう、会っときたいと私が手を挙げてそういう運びになりました。

母校に居るときから仲良くしてくれていた私にとっては替えの利かない人物の一人だと思っています。喋っている間、昔に何人かで集まって馬鹿騒ぎをしていた日々を思い出していました。夜まではしゃいで朝学校に行っていたあのときのエネルギーはどこに行ったんだろうと考えてしまいます。

旧友とはお互いの今の状況や同級生たちの近状がどうだとかそういう他愛のない話をしていました。直接話す必要もなかったのかもしれませんが結局物理的にも時間的にも拘束されるのはその周りの中で自分が1番なので次が1年後とか3年後かもわからない。そう思うと無理やりでも時間を作ってよかったと思いました。いつになるかわかりませんが私たちと仲のいいもうひとりの友人と3人かそれ以上で集まれたらいいなと思ったりしました。

彼と会った際、地元で手頃な店を探していたのですがまあどこも閑散としていて店がない。あっても開いていないので何もねえなここ、と失笑したりもしましたがたどり着いた喫茶店はいわくつきでもなんでもない至って普通の場所でした。後からお母さんに聞いたら知っていたそうで近くまでよく来てたのに知らなかったのかと逆に驚かれてしまいました。

なんだかどこを切り取っても今日は地元の何もなさを感じる1日でした。それでも私は家を離れても2ヶ月か3ヶ月に1回は必ず帰ってきています。それは地元が好きだからなのか実家のためなのか、どちらかと言われたら多分後者にはなると思うんですがきっと少なからず愛着はあると思います。今できる親孝行がそれくらいなのでそこに戻る場所があるならそのうちは私は必ず帰って来ると思います。

 

そういえば、今日は弟の誕生日でした。昨日の夜まで忘れていて何も用意できていませんでしたし今日欲しいものを聞いてもすぐ用意できないようなものを挙げられたので先の帰りにコンビニでケーキを買っていってごめんと言いながら渡しました。それでも俺はその気持ちが嬉しいよ、ありがとう。と言ってくれていつの間にそんなこと言えるようになったんだと驚きました。両親は言っても20歳超えてるんだからと特に何も用意していないらしく少しかわいそうに思えたので近い内にちゃんとしたものを贈ろうと思います。人に何かを贈るのは楽しいので奮発して買ってあげられる物はできるだけ買ってあげようと思います。

 

昨日も今日も夢についてのメモはなく、今日は仮眠をしたりしたわけでもないので二日間熟睡できたということなのだと思います。薬を飲んでいないことで若干サイクルの乱れが出ないか心配ですが多分大丈夫だと思います。よかったです。

そして1回日記をつけなかっただけで生活のルーティンの1つから抜けそうになって少し慌てました。それでも一応今日のことをまとめられたので良かったです。明日からも書いていくようにします。