@yuing__ の話

鬱になって休職したあと退職した人がtwitterでつぶやかないことを書きます。

煩悶

ここ最近、熟睡と仮眠程度の睡眠をいったり来たりしていて、元気ならこれするけどそこまでのエネルギーはないから横になろうかな、って思っても外は無慈悲に明るくて人の体は太陽を見ると起き上がろうとするものなのだと痛感しました。アイマスクをしててもなんかもぞもぞするというか、じゃあ寝付こうかとなれずに最低限必要なことしたり食事したりしてたら中途半端な時間になったのでせっかくなので日記を書くことにしました。

 

気づいたら2024年も1/3終わったとかいうエイプリルフールを食らって意味が分からなくなる今日この頃ですが年度末は遠いドアにしがみついてどうにか外に出たりしてました。

幸い晴れの日が多く、マイナスになることもほぼなくなってきたのでいよいよ春だなと痛感しています。ただ、前回日記を書いた後寝て起きて買い物行ったんですけどほしいものがことごとく売り切れててなんか悪いことしたか…?と困惑してしまいました。1つがないとかならまだわかるんですけど買うものがパターン化してる私の8割が買えないなんてことは初めてだったのでちょっと困っちゃいましたね。代替品でどうにかしました。

 

さっき睡眠の話をしましたが寝てるんだか起きてるんだかわからない時間が結構長く、すごい無駄にしてるなと、まあだからと言って何かできたかと言われたら初動さえ耐えれば動けたんじゃないかな。だからちょっと意志の弱さを感じました。終わったことだし悔いてもなあという反面、何度もそういう経験をしているので息苦しくなります。

そもそもなんでこんなことになってるんだという話ですが、通話やゲームでオールとかほぼ徹夜とかそういうのが続いたせいで気絶するように寝てしまって夜に起きるってことが発生したからなんですけど、人と会話をすることで自分が何を思うかとか、何が起きたとか、声に出せる機会って引きこもってるとあんまりないので貴重です。

いかんせん私は話すの好きなくせに話自体は面白くないしうるさいしで素材をゴミにしてる感がすごいなって思います。これは完全にお父さんに遺伝してる気がします。勢いに任せて話すせいで起承転結が前後したりして自分が面白いと思ったところで周りは笑わないとか(主にお母さんが冷めきってるんですけど…)あるので。

普段無口だけれど酒が入ったりしたら饒舌になる内弁慶は世間に向けて我慢我慢をつづけた結果なのかなって思いますけど名前も呼ばずに食卓で急に話題をふってきてえ!?何!?ってなることあります。昔はごはん中にしゃべらないで食べることに集中しなさいって言われた気がするんですけど昔は昔今は今なんですかね。

 

オールあけに皮膚科にいって買い物にいったり、その流れで整頓とか洗濯とか必要になればまあ頑張れるんですけど曜日感覚がわけわかんなくなって気づいたら日曜になっててエイプリルフールも終わってって感じです。日曜に至ってはかけてたのに一旦起きてまたすぐ寝たせいで後からレース見ました。まあ勝ててたので良かったんですけど…

ただ昨日役所に行く予定があってタクシーを利用した時の運転手(女性)があまりにもお里が知れる方で同情したくなるぐらいかわいそうな方でした。偏見に偏見、手帳を提示する人間に強い言葉を浴びせる、運転が下手で本来より500円ぐらい高くなる(役所周りは確かに混んでたんですけど…)、謎に怒られると何のために高い金払って乗ったと思ってんだってなりましたね…滑舌悪くて何言ってるかわかんないおじいちゃんとかのほうがまだマシでした…

すごい端的に言うと夜職をしている人間はいかれてるみたいなことを言っていて、いや昼の平日に動いている私がそうかもしれないことを考えられない?まじ?となってヘドロのような偏見のマシンガントークがひどかったので「各々感じ方はあると思いますがちょっと偏見強すぎるんじゃないかなって思いますよ」とつい口にしてしまいました。おそらくクレーマーへのヘイトなんでしょうけど。私に言うなって話ですしドラレコに全部のってるって言ってたの自分なのに大丈夫そう?ってなりました。

 

役所には手帳の記入事項がもうかすれてなに書いてるのかわかんない部分があったので訂正とついでに再発行の手続きでした。そうやってやり取りをしてるときふと、「一人暮らしで2級って実際どうなんだ?」と調べたりなんだりしてみたんですけど

・身体の機能の障害または長期にわたる安静を必要とする病状が、日常生活が著しい制限を受けるかまたは日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの 必ずしも他人の助けを借りる必要はなくても、日常生活は極めて困難で、労働によって収入を得ることができないほどの障害(引用)

と出てきました。これじゃわかりにくいですよね。もっと具体的な例を提示すると、

・家庭内で軽食をつくるなどの軽い活動はできてもそれ以上重い活動はできない

→自発的に外に出るのは予定があるなどどうしても、という時だけ

→栄養バランスを考えた食事をとる(そもそも食事をとること)には助言が必要

→一定のストレスがかかると対処が困難になる場面が多い

などですね。全部私に当てはまります。1級にはどうなったらなれるの?と聞かれたのですがそもそも一人暮らしができている人間はそれになることは不可能です。精神病棟にずっといるとか、植物状態にちかいとか"生活に必ず自分以外を必要とする"ものだと思います。周りに実例を知らないので何とも言えませんが。

一人暮らしをしているってだけではじかれるって事例が最近は増えてるみたいですが一人暮らしをしている人こそ孤立して悪化する場合もあるみたいですね。私はほぼ不可抗力で一人暮らしで、ある程度清掃もしていますが精神がやられてゴミ屋敷を形成しちゃう人だっていますし。

あと家族が理解がないとか家族起因で発症したから仕方なく一人になることを選ぶとか天涯孤独とか一概に一人暮らし=自立できる程度の能力があるとは言えないなと調べて再度認識しました。ホントに人それぞれです。

ここに自殺願望とか過去に試みたことがあるとかが付随するとぐっとやばさというか等級に見合う状態になっちゃうのかな、と思います。私は提出資料にそれは書きませんでしたが…。

 

ああ。死んでしまいたい、という相談?を受けたのを思い出しました。私は過去にさんざん死ぬなとか生きてればいいことがあるとか薄っぺらい言葉を浴びせられては~しょうもな、と思ってしまった身なので基本満足したらいいんじゃないのって感じです。ちょっと今は早いってだけで。

そうやって生きろっていう人たちって家族が言うならまだわかるんですけど生きたとて助けてくれるのか?って話じゃないですか。無責任であるほどそういうことが言えちゃうんですよね。私の意見ですし、そもそも個人は個人の人生を優先すべきなので助けるために己を捨てるのは本末転倒なのでせめてアドバイスをいうとか、ライフハックを教えるとか、そっちのほうがいいんじゃないかなって思います。

ただまあ、自分のあれそれで苦しんでつらいという理性が生存本能を超えてしまいそうになっている人間にかける言葉って難しいですよね。

いろんな方法ありますけどコスパいいのって結局ロープなんですけど見た目がどうでもいいなら旅行の果ての岬だとかダムだとかそういうところが散見されますよね。ツイッターとかで死ぬための旅行とかつぶやく人たま~にみますが大体水にダイブしてる印象です。

ただ、これって意外と盲点だなって思うんですけど、自死って自分という"一人の人間"を殺してるんですよ。つまり殺人とイコールなんですよね。自分の周りを悲しませるのと被害者の周りを悲しませるのもほぼイコールと思います。そういう考えを染みつかせてからは軽率にそこに考えが至ることは減りました。でも、心のどこかで成功した人を羨んでいる私もいます。

小さい時からお母さんには「自死したら上下左右のない真っ白な空間で永遠を過ごすことになるよ」と言われて育ってきました。それはどの教えなのかは知りませんが普通そうならないよう教育するなら「地獄に落ちるよ!」みたいに言いそうですけど、お母さんは誰かからそれを聞いたんでしょうか。

少し宗教的な話をするなら本来こなすべきだった業を放棄して肉体を手放すわけですし、親や周りの人間を悲しませるといういくつもの罪を背負うことになる。

どう考えても次の世が良くなるとは思えないんですけど、そもそもその択を選ぶときってそんな宗教観なんて頭にあるわけなくて、もう逃げたい、消えたい、終わりたいでいっぱいなんですよね。しかもそれを周りに言えない・言わないでいることが大半です。私は家族に心配をかけたくない、ネットになんて書きたくないでためにため込んでいました。
だから個人的には「誰かに死にたいと言える状況にあるのならば嫌ながらもなんだかんだ生きてしまう」というのが答えです。それでも本当に実行に移そうってなってなった時は最期にやってみたかったことを何個でもいいから書きだして、それをやりきってからその時どう思うか。その時に1回考えてみてもいいんじゃないんでしょうかね。どうせ死ぬ気ならそれからでも遅くないと思いますよ。

まあ無宗教でそんなの知らんわって人も最近は結構増えましたけどね。

私は失敗した身なので今の時間・生活をエクストラステージって呼んでます。それで犯罪以外何してもいいと思って、何となく生きてます。それを世界が許してくれているので。

 

こんな話長々するなって感じですけど最後に思い出したので関連っぽいことを書こうかなと。

実家のある地域に自殺スポットあるんですよね。橋なんですけど、地面からの高さが100m超えてます。片方が秋には紅葉が綺麗な山、もう片方も小山はあれど遠くに広い海が見える。昼に通っても夜に通ってもじめっとした雰囲気がしてて見える人は急ぎでもない限り通りたくない場所。人間は海に還りたいと思うのか遠くに見える海のほうに飛び込む人が圧倒的に多いらしいです。

お父さんは霊がはっきり見える人なので夜に通らなきゃいけない時は本当に嫌がってました。実害もあったそうですし。私も霊感?あるのかわかりませんがあそこらへんを通ると鳥肌立ったり見られてる感覚を覚えたりします。

あと地元民にとっては常識だと思うんですが手すりを超えて少し身を乗り出して川とか景色を見ようとするのは絶対にダメって言われます。橋の下にいる無数の霊に引っ張られて落ちちゃうんだそうです。近くのトイレで焼身とかもあったのでろくなことないですねあそこらへん。

目視で見てしまったものといえば夜中お父さんの車で通った時細身の男の人が手すりに手をのせて突っ立ってたんですよね。んで用事おわってまた橋通った時ライトで一瞬きれいに並んでた靴が見えました。まあそういうことですよね。

岬とかもですけどあれって水に落ちれると思ってもその実、崖とかの岩肌でおろし金みたいに削られて見るも無残な姿になるんですよね。いらん知識すぎますけど。

 

 

最近特筆して頑張ったことっていうのがないというか、あまり財源がないので慎んでいるところがあるのでおとなしくしている+めちゃくちゃに寝ているせいであんまりパッとした話題が出てこないんですが最近MARETUさんという人の曲をやたら聞いてます。あんまり明るくないんですけどね。だから暗い話ばかりなのか?

4月だからと足りないものを色々書いたしたものが明日届くので今日じゃなくて明日とか明後日にかいたほうがよかったのかな~とか思いつつ日記なのでまあいいかと。

昨日頼んだ水がさっき届いてその時にドアをあけたら思ってた以上に外が明るくて暖かかったので郵便物出すついでに散歩でもしてこようかなと思います。元気のでない話題ばっかですみません。また書きます。