@yuing__ の話

鬱になって休職したあと退職した人がtwitterでつぶやかないことを書きます。

自転

久々にちゃんとキーボードを叩いている気がします、最近いろんな心持ちでいたり気分の上がり下がりが激しかったりでテストが近いのに掃除がはかどってしまう状態になっていました。おかげで片付いたものも多くあるのですが2月になっちゃったなんて言ってたらもう2月中頃ですからね。いつもこういうこと言ってんなって感じですけど本当にそれでしか無いので困ります。

2月に入ったらまず病院と思ったらまあ16時半のにすらいけなく生活リズムどうこうの話じゃないんじゃないか?なにかがあるという事実が気を重くさせているのでは?となりしかも先生は2月丸々いないとのことで臨時の先生のところでうけるのですが何回も何回も診察にいけずにいていやだなあという負のサイクルで2日を逃したあと15日まで予約が埋まっていて調節して余っている薬で過ごしています。多めに飲むのはよくない気がしていましたが少し増やす、というか戻すだけで1日の過ごし方が変わったのでむやみに減薬進めても意味ないし都度調整していかないとなあと言った感じです。中途半端な量を服用していたことで体調が整わなかったとか気分が伴わないとか今年に入ってからもしかしたらあったかも知れないです。気をつけます。

 

最近の生活リズムというか生活に必要なパーツが以前と変わってきたように感じます。思考に冷静に向き合う時間、発作的じゃなく湧いてきた感情を分解する時間みたいなのができました。はたから見ればキチガイのムーブをしているかもしれないけどそのはた、がいないので問題ないです。ただ「精神疾患を患っている人的には論理的・合理的と思っていることも一般人からすれば非論理的・非合理的に見える、実際そうである」という事があるらしいです。私は理にかなっているのだからプロセスはオカシイかも知れないが間違いではないだろう、と思って過ごしてきたので自分の今まではもしかして破綻しているのでは?と自信喪失しかけました。効率的な動きが瞬時にできてれば他と合わない、なんでだ?と事故は起こらないはずなので当然と言えば当然なのかも知れません。しかしまあ凝り性というか思考が硬いのかこうきたのならこう合ったほうがきれいに見えるといった独自の世界観で無意識のうちにフィルタリングしている気はします。

Aという情報から脳の中でB→C→Dまで進んで口からはEだねという答えが出ることが多いので突飛に見えるのも過去の経験から理解しました。そこをいちいち話していたら話が止まらないのでそういうぶつ切り、切り取りになってしまいます。話し出すと止まらないのは何かをみた時に思い出す情報量が多すぎるから、正確な情報を伝えようと1から100まですべて説明しようとするから(これはいっとき起承転結がスマートにできていた気がしますが最近また補足の補足みたいなやりとりが増えてきた気がします)。ハプニングに即時に対応でいないのは様々なifと結論を脳内で同時にはじき出そうとするから。物事をきっちり断言しきれないのは周りの人間が自分と同じ境遇をたどったわけではなく中身がわからないなにかだから。一つ一つを分解していくことで自分がそうだという自分がわかる脳内説明書を書いて安心させている感じです。

聞けるときに素直に「教わる」を乞えなかった、知ったかぶりをしたので我流であることが多いです。左利きなのもあってペンの持ち方も我流。これはあえて直されなかったのと左利き用の持ち方矯正なんて中途半端なものは存在しなかったのもありますがものの考え方も独学だったり経験だったりで昔からの考え方に寄っている、なんだかんだで親譲りだと気づいたのは20をこえてからの話です。我流がまあ通っているからそれでやっているだけで実は非効率なのかなあ、答えは明確じゃないからいいか…といった感じですが納得がいくことは増えたなと思います。最近アンケートで思考を巡らせたいような話をしていたのはそれで、何かトピックスを得ることでまた何か分解できるんじゃないかと期待しているのです。そこに偶然錆があろうと金があろうと構わんのです。引き出しを増やしたい、中身を確認したい。ただとっちらかりすぎてわからないからきっかけをくれないかという感じです。

何があったわけでもないのにまる1日眠っていた日がありました。その日からそういう移り変わり?転換期?のように変わっているのですが毎日当たり前のように追っていたゲームやコンテンツをまあマイペースでいいか、疲れた。といった感じで糸が途切れたように関心が半減してしまったんです。やりたいんだけど始めたら終わらないんだよな、という徒労感を覚えてひたすらに手書きでなにか書いていた気がします。それでも等しい時間が流れているのが不思議だと思うぐらいに中身が違う日々が動いています。熟睡の頻度は落ちて浅い睡眠かぶつ切りの睡眠をするか、と言った感じで知らぬ間にご飯食べたしもういいやという投げやりな日も多くありました。それでも唐突に人から何か、モノだったり言葉だったりをもらう機会も増えて自分は居るんかあ、と他人事のようになりながら存在を忘れずにいてくれる人たちとか、話を聞いてくれる人たちとか、何気ないことを覚えていてくれる人とか、たくさんいるんだなと思うことが本当に多くて確かにどこを見ても中途半端だけど誰かの一欠片かもしれないなあぐらいの自己肯定感は持てる機会が増えました。支えてくれるモノが多いと一つ落ちたとしても簡単にグラつかない、依存しないと思うので生存を望まれているのならその数多に少しずつ支えられていこうぐらいの気概になっています。反面、ひっくり返って突然気持ちが落ちることも増えたので波が大きいのかなあという印象です。頻度は減っても唐突に吐きそうになる嘔吐に近い感覚が強まったり幻聴?被害妄想の濃度もましている気がします。

明らかな電子音、ハープのような。そういうのが部屋中に鳴り響いたことがあって、15時半頃だったんですが怖くて部屋を歩けなくなる事がありました。おそらくですがそんなものはなくて、幻聴ということにするのが1番合理的で、それにしては遠かったり近かったり様々な方向から聞こえてたなと立体感が忘れられなかったり、立て掛けている掃除機に人物を感じて見つめられている、みてるのか?と疑いをかけたりもしていました。メモにそう書いているのでそうだったんだと思います。今はあくまで私の基準では中の下ぐらいの気分なのですが今はそう思わないしそう思った記憶も無い。だからといって常にそうかと言われたらそうでもなく昨日一昨日は信じられないほど物事が片付いて、朝まで動いていて、日が昇ってから寝たのですがじゃあ動けなかったここ数日はなんだった???となり考えるのをやめて寝てしまいました。薬が効いてきただけなんですけどね。唐突に消えてしまいそうなぐらい消失する感覚に囚われたり外に出れる気楽さがあったらフラッと消えてしまいそうな気がして(自分のことなのに)これは病状が良くなっているのか、悪いのか、わからないですね。

 

手書きで何かをすることが増えて妙なことが記憶に残ることが増えました。覚えてなくても、読めなくてもそのペン跡をたどったら読み解けたりこれはすごい良かったと波線を引いていたり、手書きの持ち味を活かしまくっていてかさばってるだけの価値はあるなと思いながらなんとなく取っといてます。やたら気圧のせいにしたがっている傾向はありますが事実爆弾低気圧だの低気温(-10度とか)な日々などが続いていたので一週間ぐらい頭痛が続いて鎮痛剤を買ってもすぐ空になるような状態が続いていました。頭痛の原因がそこにあるのか、気持ちの問題なのかは定かじゃないんですけど偏頭痛とは違うなれない痛みで気持ち悪かったです。1回吐いたりもしたのですがいっときやたら吐いていた時期を思い出しました。気持ち悪いんですよね、嘔吐。少し咳き込んだと思ったら濁流がバーって押し寄せてくるんですよ。水風船割った感じで。ニオイで思い出してしまってすぐ歯磨きをしましたがあのときに比べたら生活サイクルは謎でも身体は対応しやすい症状ばかりになったかなと思います。昔は吐きなれていなかったのに上がってきて結構苦しんでいましたがホースを使うまでならなくてよかったです。

 

そうやって色々変わったり変えたりしたからか単に症状なのか知りませんが喜怒哀楽が極端というか笑うときは気持ち悪いぐらい笑ったり申し訳ないことをしたら半べそになるぐらい謝ったり幼稚園児みたいで気持ち悪いなと自分に自分が引く感じです。それこそ調剤でマシにはなったのですがもっと平坦になだらかにしたいです。常に今ぐらいの気持ちであればそれを前提に時間を組むんだけどなあと振り回されっぱなしな状態です。

 

昨日というか今日の朝寝る前書き残していた内容がしっちゃかめっちゃかで十数時間前の話なのに何を考えていたんだ?というぐらい汚い字で歯磨きしながら、歯磨きしたあともたくさん書き残しがありました。思考が溢れ出して文字が追いつかなかったんだと思うんですけどそのまま書き起こすと

・時間がぶつ切りに感じるその合間は時間として自分には存在していなくて次時計を見たときに戻ってくるだけ⇔1秒1秒が長く感じるときは本当に1秒が長くなっている己の尺度、感覚による時間の収縮 とか

・ここ数日の充実感は色をつけているのにその色はパレットと筆とキャンバス全部ちぐはぐで置いている色がなにかわかっていない、おいしい感覚はあるのに食べた記憶も満たされているはずの胃も空、それに近い感覚で私にだけ理屈があるけど他から見れば放置して無駄にしている置物 とか

・やるべきことはせき止めて私だけ旅にでたのかも、あんなにしがみついてたモノが流れていってる、取りに行かないのか?どこにいった? 

・雪が降る前の始発を待つときの朝焼けは異常なぐらいキレイで生身の体を動かさなければならない焦燥感を生み出す

・自分の中の世界は確実に少しずつ構築されていっているのにそれを言語化できない、日々の連なりで伝えようにも毎日違うものを作るからパラパラ漫画にすらならない、流したらただのモザイク、ゴミ箱に捨てられて丁寧に作った世界は1秒で終わり

とかなんかそれっぽいポエムみたいなさっき書いたことの要約みたいななんかそれっぽいこといっぱい書いてました。わからんでもないけど、何?というのと最近文字の起こし方がやたらポエムっぽいのすごいいやだな~というのもあってハテナマークまみれでした。とは言え日記書き始めたときもこのオタク病んで気が狂ったのかなんかし始めたぞみたいな負のざわめきがあったのを忘れていないので抑えないでそのまま垂れ流そうかなと思っています。気分・体調がいいときは掃除しながら謎の歌歌ってたりするんで大差無い気もします。最近のリズムがそんな感じなんでしょうか。

とはいっても最近はあらゆる方向に手を伸ばしすぎてお前は何をしたいんだい状態すぎるので@yuing__では何をどう振る舞うのか決めよう~と思って恥を忍んでマシュマロとかいうの置いてました。そういうのを見かけても何もしてこなかった人種ですし、類友論でいけばフォロワーもそういう人たちばかりなんですよ。何気ない日常にはぁ~と言いながらストゼロ飲んでる感じです。前までエナドリだった気がするんですけどね。でも最近誰かに気持ちを伝えることで変化が起こることとか、言われるのって嬉しいということをここ半年で知ってしまったので方針固めるのも兼ねて置いてみちゃって。怖くてまだ開けてないんですけれども。これが打ち終わったその後見てまあ気力があるときに少しずつ変えそうと思っています。なので読まれてる頃にはみてるんじゃないかな、人からどう見られてるとか、こういうの好きとか。ふざけた内容でもいいので関心を向けてもらえたなら嬉しいです。ああこういうことを求められるんだなと言うのがわかればこれはやめようこっちに振り切ろうって感じでいけるので。

人の意見が聞いてみたくなるほどに承認欲求がでてくる日が来ると思いませんでした。私の中で何が変わっているんでしょう。ただ灰になる瞬間を眺めてるのか、成長する手前なのか、わからんです。長ったらしく毎回書いても答えが出ないことばっかりです。それでも煮え切らないように消化している感覚ですが今回は流石にためすぎたなというか起き上がるのに時間かかり過ぎ、体調と気持ちが乖離しすぎ、マルチタスクできないくせに色々とはじめすぎとめちゃくちゃだったのでまともなメモぐらいはフリートとかツイートでみせていく日記(備忘録)の活動はここでそれっぽく続けて行こうと思います。って言っちゃうとだいたいやらない傾向にありますが一応そんなつもりです。

 

なんだかんだ話題に上げるほどでもないぐらいに食事は自然になってきました。料理して食べて、っていう自分にかけるのはまだ面倒に思いますが起きて顔洗って歯磨きをしたあと冷蔵庫を開けてこれとこれとこれを手に取る→手に取ったなら口にする、飲むっていうプロセスが定着してきました。何も口にせず1日が終わっていた、はなくなりそうです。色んな人が食事と睡眠と親のように言ってくれたのと支援物資のおかげですね。今日もどうにかやってます。溜め込んだ分長くなりましたが支離滅裂だったらスミマセン。パソコンの画面に負けずに打てたので個人的に満足なのでOKということにします。ありがとうございました。