@yuing__ の話

鬱になって休職したあと退職した人がtwitterでつぶやかないことを書きます。

延命

何に追われているんだろう。何に駆られているんだろう。たまにそういうふうに思うことがあります。体力の無さを感じたとき、仮眠をとろうとしたとき、自分は本当に社会復帰できるんだろうかと恐怖に駆られることがあります。毎日やっていることは命をつなぐために、新しいスタートを切るためにやっていることで本当はそうしなければならないので正しいのですが私が今までやってきた"周りがそうすることを望んでいるからそうしている自分"を演じているようで、それでいいのだろうか?また乖離していくのでは?とも思ったりもしています。時間は思考を貪ります。いらないところにまで手を伸ばして多くの問答を繰り返すのである程度思考に回らないほどに頑張らなければいけない時間を設けたいと言うのは事実で、ちゃんとその方向に向かってはいるのですがなんだか違和感というかピースが合わないような感覚に陥っています。私の怠慢なのかもしれません。

そして最近良く思うことは世界からの断罪なんだという罪の意識です。世界といっても私が見る限りの狭い空間のことで自分が知る由もない地球の裏側の人たちを含めるような意味合いでの世界ではありません。自分の生きている意味とか、何かができなかったときに残った時間を過ごしているときの罪悪感だとか鬱になりたての頃に感じていたものをまた噛み締めている感じです。この惨めな思いは世界に許されていないからなんだろうとか私が怠慢になってしまうのは与えられた罰なんだろうかとかそういうことを目まぐるしく考えます。最近そういうことを考えることが多すぎて日記にまとめるにまとめられずに随分時間が経ってしまいました。

最近体調があまり良くなく何事もうまく予定通りすすめることができません。怖いものが多すぎて困る日もあります。薬を酒で流し込んでごまかさないと何もできないときもあります。もともとあってないような命ですし経歴がどうなろうと別にいいんですけど今この瞬間も四肢を少しずつ削り落とすようなことをしている気がしてならず、なんというか底辺だと思っていた場所を掘っていたらまだ底につながる穴があったような感じです。

役所にいって列に並んでいると、これと同じなのか。と思います。目が虚ろな、喋れるかしゃべれないかわからない人たち。ボロボロの服。アル中なのか手の震えが止まらない人。対立するように背筋がまっすぐできれいなYシャツを着たスーツ姿の役員の人たち。呆れた物言いで老人や浮浪者と話しているそれをみて自分のおちた場所の悪臭に気づきました。ただ、同時にそれはそうしなければ今頃名実ともに終わっているので本当に延命治療のようなものだなと思っています。ただそうしなければならない理由があるので歯を食いしばっています。病院に行っても同じようなことを思います。

"普通の人"と喋っていて笑うツボが違ったり笑える部分が笑ってもらえなかったりすることが増えいよいよ世界のズレや隔たりを感じざるを得なくなっています。それも罰なのでしょうか。許しを請うつもりはありませんが毎日拭き掃除をさせられているような気持ちになります。許されない存在だったりすることは自分が1番わかっているのですが…

 

最近、お酒が美味しく感じます。1年ぐらいお酒は飲まないようにして薬の用法を守っていたのですがなんだか一度コンビニで買って帰って飲んでみるとピントがずれて物事が解消したかのような気分になれるんです。世界は自分だから自分が最強なんだと一瞬だけ思えます。酒がないと生きていけないというほどではありませんし毎日は飲んでいませんが(そこまでお金もないので)たまに悪い飲み方をするとほんの少しだけ幸せになれます。それは純粋な幸せというより錯覚や幻覚の類なのは重々承知していますが考える時間が多すぎる私にはそれぐらいの逃避ができるだけでも十分幸せです。

 

気圧に左右されて気持ちも結構ぶれますがなんだかんだこうやってどうにかやっています。今日はすごく抽象的ですがこれ以上に明確にするのが難しくて断念しました。それでも日記は続けたいので思ったことを書きまとめました。月に最低2~3はこれからもつづけたいです。

毎日書いてた頃よりやることが増えたという意味ではいいことなのかもしれないですがやっぱり都度都度処理していかないとパンクしてしまいそうになるのとたまに読み返すと安心したり納得できたりする時があるのでこれからもそういう役割をここには担ってもらいたいです。ただ、書いてない間も私は私なりにどうにかこうにか考えて延命しています。