@yuing__ の話

鬱になって休職したあと退職した人がtwitterでつぶやかないことを書きます。

2018年11月19日の話

久々に目覚ましをかけて寝たのですが思っていたよりも起きるのは苦痛ではありませんでした。かといって疲れが取れているようでもありませんでした。窓から外を見るとおばあさんが目の前の道路を徘徊していました。いつ外に出ても険しい顔で徘徊するのを見かけるのですが何があるんでしょうか。

機械的に準備を進めて家を出ました。家の横にあるダストボックスがカラスにぐちゃぐちゃにされていました。きっと蓋が閉まりきらなくて開けていたらそれをカラスが付け狙ったのでしょう。駐車場にまで広がってとても醜かったです。いつかにカラスに襲われたことを思い出しました。カラスを見ているとカラスは何かを察したようにどこかへ飛んでいきました。散乱しているのが自分の捨てたゴミじゃなくてよかったなと思いました。ゴミって必要がないものでもプライバシーの塊ですよね。それを見るだけで何を食べたとか何を使っているとかわかっちゃいますから。

会社の最寄り駅までいきました。久々に行ったので変な感じになりました。行くまでに怖くなりそうで安定剤をちゃんと飲んでいきました。少しうろついていると専務が車で来ました。会社に行くものだとばかり思っていましたがまた車の中で面談が進みました。

 

最初に元気か?と言われました。困りました。元気だったら休職はしていない。だからといって社交辞令としてハイと言うべきか、と考えていたら続けてまあ元気ではないわなと笑っていっていて私も苦笑いを浮かべました。私は相変わらずだなと思いました。私は連絡をするのが遅くなってしまったことを謝りました。なあなあにしていたのは事実だったのでそこで洗い流してしまいたかったのです。専務は笑いながら俺も忙しかったからな、こっちから連絡の一つでもしてやればよかったな。と言っていました。なんだか安心しました。その後見てる分には会社で見ていたお前と大差ないけどなあと言われたので素直に自分の体調の話をしました。最近の不眠の話をしました。薬がないと何もできないことを話しました。味覚がおかしくなることを話しました。転職活動に一歩踏み出せないことも話しました。以前よりも赤裸々に話したからか前より悪化してないか?と言われました。わかりません。でも一応前より良くなったとは思うんですがわからないですと付け加えました。

今後お前はどうしたいんだ?と言われました。わかりませんでした。正直メンタルの回復の兆しがない。それにはごまかすような刺激が必要なことはわかっていました。転職活動の進捗を話しました。面談をしたりしているけれどその先に行けずにいると。履歴書を前にすると自分の無力さを感じて何もできなくなってしまうと。とりあえず頑張りたくて頑張れるところまで手を伸ばしてはいるけれどその先のほんの少し先の痺れる感覚に怯えているのかもしれません。何を話したかあまり覚えていません。専務は優しくうなずいてくれた気がします。でも私は結構話した気がします。ここ最近人と喋っていないせいで言葉数が増えてしまったのかもしれません。出だしがかぶることもありました。専務は私に寄り添ってくれました。私の現状を確認する人物がこの人でよかったと何度も思いました。

いろいろと話した後、専務はお前の中でやめるという結論はなんとなく出てるんだろう?そのたどり方が決まっていないだけ。と言われてああ、そういうことか。と思いました。そうなんだと思いますと答えました。だからといって今やめると私は生活ができないのも事実なんですと正直に言いました。まあそりゃそうだわな、と言われました。

そんなやり取りの中で実家に帰ることを提案されました。なにもない地元に戻って仕事先があるのか?実家に戻るとしたら引っ越しは?私の中にはいろいろな問題点が出ましたが強制ではないのでまあ…と濁しました。

会社の人間の父親が鬱になってそのまま仕事をしないニートになってしまったという話を聞かされました。お前にはそうなってほしくない。うちに固執する理由はない。お前はまだ若いし才能がある。このまま腐らせるのはもったいない。その一歩はとても厳しいかもしれない。いつになるかもわからない。でも5年後10年後のお前があの頃何やってたんだろうと後悔するようなやり方をしてほしくないと言ってくれました。

私としては5年後10年後なんて存在していたくないのですがありうることなのでまあ確かになあと思いながら今という時間に後悔をすることはないと思っています。ただ、専務がなにもない私にもったいないという言葉を、本当に悔しそうに言っていたのがなんだか嬉しかったです。おかしいことなのかもしれませんが価値を見出してくれているんだと嬉しかったです。同時にお前は明るくハキハキした強気な人間。面接の時からそういうふうに思っていた。でも実際は繊細で優しい、言ってしまえば弱い人間だった。それは悪いことじゃないけど確かに受け止めるべきだと以前言われたことに肉付けしたことを言われました。虚栄を張っている姿も間違って捉えられた印象ではなく間違いなく私なのでちょっと食い違いはありますが今回の件で言えば弱いのが原因、で収まっているので受け止めました。

会社の中に就労支援センターを経由して就職した方がいるということでその人に話を聞いて明日連絡する、と言われました。そこは週3や午後からのみなどバイトの感覚で様々な仕事を経験できる場所のようですが休職中にも使えるのかが個人としてはネックなのでひとまずまた電話する、ということで落ち着きました。次会うときは診断書か辞表どちらかを持ってきてくれと言われました。

その後すぐお母さんに電話しました。1番心配しているであろう人なので。お母さんは夕方になって折返し電話をしてくれました。長い内容をいろいろ話しました。保険料のあれこれの話もされたのでそれや実家に戻るとしたらや今後の実家のプランなどを聞いてどうしようね、と話していましたがお母さんはこの際なんだから一杯休んじゃいなさい!と言っていました。専務も権利はあるし会社としてもお金はかからないからどうあろうと構わないよと言ってくださっているのでそれでいいのかなと思いつつお母さんは加えて失業保険も1年過ぎてからじゃないと出ないから最低でも1年は会社にいたほうがいい、そうしなさいと念を押してきたのできっとそのほうがいいんだと思います。まあうちの親は甘いのでどうあろうと許してくれるんだと思います。ずっと親にも虚勢を張っていましたがその必要はないのかなと最近思います。体調に気をつけなさいと言われて電話を切られました。25分ぐらいの電話でした。他愛もない話もしました。なんだか涙がでました。実家に帰りたいなあと思いましたが年末まで我慢しようと思います。その間に決めなくてはいけないこともあるのでしっかりしないといけません。

 

ここまで書いたりしゃべったりして気づいたことがあります。私は何事も白黒つけるはっきりとした性格が売りの一つでした。なのに何も決められなくなっています。どうしたらいいかわからない。わからないまま靄がかかっていって余計わからなくなる。今回の原因の一つです。加えて言葉もいっぱい出てきてどれを発すればいいかわからなくなる、どうもつっかかりが増えた気がします。気がするだけだといいんですがなんだかそういう異変を感じます。次診察をうけるときにこのことを言おうと思います。

ただ睡眠ができるようになったことでずいぶん体調は良くなりました。歩ける範囲も広がって9月ほどではありませんが少しずつ活動範囲を広げています。ためにためていた家事もこなす頻度が増えました。寒いのでどうしても動かなくなりがちですが雪が降るまではもう少し無理をしてでも活動的になろうと思います。

 

もう冬ですね。もう少しで雪が降りますが不思議と下手に雪がふらないより雪が降ったほうが暖かく感じるんですよね。なので個人的にはこの時期が1番寒く感じます。昨日熱も出たので風邪も引きやすい時期です。人のことは言えませんができる予防はしっかりしてください。それでは