@yuing__ の話

鬱になって休職したあと退職した人がtwitterでつぶやかないことを書きます。

2018年8月25日の話

今日は目が覚めて口をすすいでからまた部屋に戻って寝直しました。まぶたが重くて重くて仕方なくて起き上がったのに寝たというのは珍しく、疲れているのかなとすら感じました。珍しく昼食が置いていなかったのでカップ麺を食べました。お父さんは先日出張だったこともあり2日ぶりに家にいる状態でした。特に声をかけるわけでもなく出来上がったカップ麺を食べまた部屋に戻りました。

明日にはここを離れるので荷造りをしなくてはいけないと思い部屋を整理していたらそのうち何年も開いていないような場所の雑貨や学生時代に着ていた服が入ったダンボールを開けたりと想像以上に大事になっていきました。

手書きで自由ノートと名前を書かれたノートを開くと今と全く違う筆跡で今ではありえない痛々しい文章が羅列されていたり厨二臭い絵が書かれていたり地獄でした。見て痛々しい気持ちになりたくないので普段身近にあるものは定期的に捨てているのですがそれから免れた冊子がいくつもみつかりそれらをゴミ袋に捨てていきました。

何年も座っていない学習机の引き出しを開けひっくり返す勢いで捨てていきゴミ袋は一瞬でいっぱいになっていました。昔だったら思い入れがあるからと少しためらっていたものも今日は難なくすてていけました。そしてどんどん掃除をしようという気持ちが湧いてきて腰が痛かったり汗がにじみ出てきたりする中作業は進んでいきました。

 

2時半ごろから始めた作業は気づいたら6時半になり夕飯時になっていました。手を洗い夕飯を食べた時すごい量のゴミが出たからゴミ出しをお願いするねとお母さんに言いました。普段なら嫌がると思うのですが楽しみにしてるわなんて笑いながら言っていて今日は機嫌がいいんだなと思いながら安心して夕飯を食べ終えた後も作業の続きをしました。

押入れの中も荷物で溢れていてそれを片付けていたのですが1つの細長いクッキーの缶を見つけました。開けるとお母さん宛の手紙が大量に出てきました。人の個人情報をのぞき見しているような気分になりましたが少しだけ見ていると佐世保の方と文通をしているようでした。会社で働いていた時の身分証も入っていました。あとは元恋人へ別れを切り出した返事であろう手紙もありました。その中に1つ解読が難しい裏紙に殴り書きをしたような紙が入っていました。あの人から電話が来ない どうしよう 声を聞いていない たった3~4日のことなのに これしか思いつかなかった これしか思いつかなかった これしか思いつかなかったと言ったような狂気を感じるものでした。昨日丁度7年付き合った恋人とその兄と自分との三角関係になって別れを切り出したなんて話をされていたのできっとその人に対しての後悔なのかなあ、と思ったりしましたがすぐ缶に戻して見なかったふりをしてお母さんにそれを渡しました。缶を見た瞬間に思い出したかのようにああ手紙ね!と言って昔文通してたのよ、見たら捨てるわと言っていました。私はそのまま後にしましたがお母さんがこうやって手紙をとっておいてたように手紙はやっぱり捨てにくいものなんだなと思います。LINEでの一言よりもより重たく気持ちが入っている気がするので手紙は捨てられずにいます。今回の掃除でも手紙をいくつか見つけましたがまとめて保管しています。思いを感じる分この時代だと手紙は重くも感じますよね。中高時代私も大阪の人と文通をしていたこともあってか私は手紙が好きですが最近だとやはり出す機会は少ないよなあと思いながら掃除を進めていました。

 

10時になる頃やっと40Lのゴミ袋4つ一杯と燃えないゴミ30L一杯とダンボールがいくつかをまとめ終えました。腰がいたすぎて途中でやめた部分はありましたが大方綺麗にできたんじゃないかなと思います。なんだか身辺整理をしているみたいで死期が近いのかなあなんて思ったりもしましたがここ3年ぐらいずっとキレイにしたかったのも事実なのでよかったです。

 

お風呂に入った後、お母さんに奨学金のあれこれを言われました。そういえばそろそろそんな時期だと思いながら今後の話をしました。明後日には医者のもとに行き3日か4日後には所長に改めて会うことになるのでその前に家族とそういう話をするのはこれが最後のようなところがありました。転職を勧められました。お母さん自身が最初の職場が向いていなくてすぐやめたというのもあってそこらへんは前向きでした。いつまでもこんな生活もできないから少しは頑張らないといけないけどねと最もなことを言われました。それでも冬は灯油もかかるし帰った来たらいいじゃん!と嬉しそうにいってくれたりしていざという時の支えというか、励みにもなりました。

 

そういえばお母さんと昨日色々と深く語り合ったのですが自伝を書きたいと真剣に思ってる、なんてことを言っていました。私が日記をつけ始めたのとなんだか似ている気がして日記を書いてるよと言いましたが見られるのが嫌だったのとアナログな人なのでここのことを詳細にはいいませんでした。

人生はポジティブじゃないと生きていけないよ。いろいろな話をした後いつもの笑顔でいうお母さんの言葉はとても重くて、そしてこんな人のかけがえのない大切なものが自分だと言われたことを考えると少し命を大事にしようと思いました。

ポジティブになろうとした結果乖離してしまった部分はありますがこれからもう少し頑張っていきたいです。本当なら書きたいことがいっぱいありますが書きたいことはかけたのでここまでにします。締めが下手ですみません。おやすみなさい。