@yuing__ の話

鬱になって休職したあと退職した人がtwitterでつぶやかないことを書きます。

撞着

前回書いた時点でなにをしていたか…なんだと考えないといけないぐらい日々が一瞬で何もしてないからなのか考え続けているからなのかよくわからないですが10月だ~年末なんてあっという間に来るねなんて半分冗談で言っていたらあっという間にもう11月になろうとしています。2ヶ月後には年末とかバグか何かですかね。まだ冬とはいえないつかの間の秋が続いていますが一瞬で風は刺すように冷たくなって、雪が少しずつ振って積もってくると思うと憂鬱です。1日は長いのに1週間は短くて1ヶ月は一瞬で1年は過ぎていくこの感覚が虚しくて仕方ないです。生活範囲が決まっているので使ってないスペースは数ヶ月単位で空間の時が止まってて引きます。最近掃除や整理をして片付けました。

なにかできること、すべきこと、あったはずあるはずなのになあというまあまあ前に感じ続けてた気持ちがまた表に出てきたというか。多分誰しも持ってるんじゃないかなと思ってるんですが世の中死にたいと考えたこともない人がいる・メンタルをやられた人間を見たことがないという人たちも存在するぐらいなので毎日満足行くだけの気力・目標・達成がある人もいるんですかね。後悔もエネルギーに変えられるというか。そんな姿勢で世界を見たことがないので全くわからないです。今月やれたらなあと思ってたことも気づいたら11月に~みたいなのばかりです。Twitterとか文章作成とかそういうことは捗るんですけどそういう時って大抵「動けるほどじゃないけど指は動かせる」ぐらいの元気さでいざベッドをでたらこれなら家事ぐらいはできたのになという地味ながら結構痛い、それですぐ忘れてしまう微妙な後悔を生みます。ちょっと無理してでも起きて目をこすって顔を洗っただけでも案外自分をごまかせたりするものなんですけどね。

昔は絶対こうしなくちゃ、こう決められてるんだからこの前に仕上げなくちゃ、という線引や区切りをしっかりつけてハキハキ動いていたんですがいろんなことを経て案外どうにでもなるからデメリットが自分にしか返ってこないなら少し甘えてもいいかなというあんまり良くない気持ちが蝕んでいたりしています。今日動いても明日動いても変わらないだろう、が結局動かないになってしまう。明日やろうはバカ野郎とはよく言ったものです。それが例え食べ物が部屋からなくなったとしてもまあ今日はいいだろう。まで落ちてしまうこともあるんです。まあまあ死活問題です。それでも前よりは外出に抵抗は減りました。晴れてたら外に出てやるかぐらいの気概の日は少なからずあります。あんまり体力はありませんが情緒も比較的安定しています。まあプラスを維持してるというより基本マイナスの中で安定している感じなのかなと思いますが。

それでも相変わらずデパス(抗不安薬)は欠かせないです。回数は減れど発作はあるのでその前に飲む、とりあえずあれば安心する。依存症の類だと思いますが何に頼ればいいのかわからないよりよっぽどいいと思っています。飲めば落ち着ける、それだけで気持ちは楽になります。

ただ最近は眠剤の効きが悪く前効きすぎていた薬を多めに飲んでも2時間で起きてしまうようなことがざらにあって生活サイクルもなにもない、昼夜逆転を超えて逆に安定したと思ったらまた昼夜逆転みたいなぐちゃぐちゃな日々を送っています。疲れて横になることもあります。これぐらい飲めばいいかなという感覚がいくつかつかめてきたので前ほどじゃないんですがそれでも夜少し寝る+昼しっかり寝るというセットが固定化されかけていて予定もずらしてもらったりキャンセルしたりとかため息を付きながらやっていました。その諸々も最近片付いたのでまだいいのですけどもたつくことが増えました。

先日病院からの意見書というかこれからの方針みたいな話を聞いたのですが飲んでいる薬の量も多いですし療養に専念してほしいこと、頼れるものには極力頼っていくこと、障害年金の話等結構色々されました。傷病手当金が切れるからと就活をしていた頃に比べてあんまりよくない、今就職してもすぐ休みかねない、本人が自覚しているよりはよくないようなことをまあ色々言われて(当時との比較まあまあ難しいので完全に他人事で聞いてましたが)就活とかはもっと先の目標。今は治療もですけど生活を営むことに専念してくださいということを言われてああまだ人間にすらなれてない自分…といういつも思ってる気持ちが表立ってきました。いっつも人になろうと人の形を保持しようとどうにか頑張っているんですがそれを当たり前のようにできるまでって言ったらいつになるんでしょう。一生それを言われ続けて死ぬんじゃないかなあなんて思いました。病院の意見に反したいわけでは全く無いです。

ただ同時に希死念慮を抱き続けてるのになんで生きようと必死にもがいで何かあったら病院に駆け込んで安心してるんだろう、どうしたいんだ?みたいな疑問も増えました。精神が狂ってて迷惑をかけるとか肌が荒れて綺麗にしたいとかそういうのはまだわかるんですけど頭が痛いとかお腹が痛いとか"チャンス"かもしれないのにやっぱ生き物の本能が働いているんですかね。焦るんです。色々あって今死ぬのは違うからもう少しだけ頑張らせてほしい気持ちがあるのでちょっと頑張っていますがさっさと終われたらなあという気持ちは多かれ少なかれ常々あります。言わないだけで。それは多分病名をつけられる前からずっと思ってることです。なにかしている時常々足元を浸しているというか。そこで突っ立っている存在なので生きよう動こうとすると時間の流れが早すぎて、視界の情報量が多すぎて、選ばなきゃいけないものも選択肢も多すぎて、流れ込むものを汲み取りきれなくてはちきれてしまいます。諦めていないだけまだ偉いと思いますが背負うものがなくなればなあと思いつつ生きる作業をしています。人に会いに行ったりアポをとったり。こんな矛盾の塊でどうなるんだかどうしたいんだかって感じですがくたばるか諦めるまではぼちぼちやっていきたいです。

外を歩いてる時、ここにいる人はそれぞれ歴史があってそれぞれなんかしら抱えながらもうまく誤魔化して生きているんだと思うと皆すごいなあと思います。私は誤魔化しきれなくて壊れちゃった例の一つです。

 

最近は物事に対してこれとこれはつながってるとかこれはこうなんじゃないかとか考察というかあーそうなんだと流さないで見ることが増えました。理由はわからないですけどそれが楽しくて夢中になってて日記がサボリ気味になっていたのは正直あります。そこで満足しちゃって書き記す前に寝ちゃうことは割とザラですね。日記は日記なんだからちゃんとつけろって感じですが一言日記を更新するのも嫌なので書こうとなったときにこうやってバカみたいな長文になっちゃいます。少しは要約できる頭がほしいです。それでもこんなメンタルやられてる人間の進捗確認、いつもありがとうございます。似たようなことばかりで最近は特に語彙力の低下が著しいのでもっと未来の自分が読んであったなそんなことと思えるものにしたいです。こういうときに本というか活字を読む習慣をつけておけばなと後悔します。全くそういう習慣がないので拙い想像力と内容ばかりです。それでももういいやとなるまで書き続けます。飽き性の私が続けられてる数少ないことの一つなので…また来月書きます。それでは。