@yuing__ の話

鬱になって休職したあと退職した人がtwitterでつぶやかないことを書きます。

熱意

人間はその気になればいくらだって輝けることができるんだと、自分の見ていた世界はあまりに部分的で閉鎖的だったんだろうと、そう思う2日間でした。やっと外を見た気がしました。視線が少し上に上がった気がしました。恐れていたものは意外と触れてみると痛くも怖くもなく、自然と馴染んでいくものでした。

昨日は病院に行った後役所にいってその後ハローワークへ行きました。0時に目が覚めて眠れなくなったのでずっと起きていて朝方シャワーを浴びた後準備をして歩いて病院に行きました。病院は今までで1番早い診察時間を希望したのですがそれでも1時間半まちました。何時に予約すれば時間通りに通れるんでしょう。開院時の予約だけで10人ぐらいいた気がするのと早朝の患者は結構症状の重たい人が多い印象でそれは時間が遅くなるよなと納得できるような雰囲気でした。朝なので暴れてる人などはいませんでしたが小言をいういやみったらしいおばあさんなどはいたのでああ精神科だなあという嫌な安堵を覚えました。

診察室に入って最近の状況を話しました。食事を見ても食べる気がしない。途中で目が覚めてそのまま眠れなくなるそれ以外は概ね問題ないということを言いました。薬を少しかえてもらって血圧を測ってもらうと前より良い結果が出たので先生も自分のことのように喜んでくれました。前より明るくなったねと言ってくれて泣きそうになりました。ただこんなに抗うつ剤をいれても食欲が出ないのはおかしいからもう少し薬を増やさないとだめだねと言われて薬がまた一つ増えました。そしていつもなら去り際何も言わないのですが先生が「自分を責めないで。いつかきっとよくなるから自分を信じてあげてください。」といっていました。ありがとうございましたと深く礼をして診察室を離れた後そのまま会計を済ませ病院を後にしました。病院も薬局も全体的に待ち時間が長く平日の朝なのにぐったりしていました。先生はなんで毎回あんなに優しくできるんだろうなあとかあの言葉の意味はなんだったんだろうなどとぼーっと考えていると薬局で名前を呼ばれ薬の説明を受けて薬局を後にしました。

役所での用事は割とすぐ終わったのでその後ハローワークに向かったのですがいかんせん初めてで途中迷子になりかけました。方向音痴なので地図がないと真逆に歩いてしまいます。久々にのる市電にも戸惑いながら降りた後も同じ信号を何回も行ったり来たりして完全に挙動不審になっていました。たどり着いてからもなんとなく薄暗い空間に似たような仕切りが続いている全体が大きな箱の様になっている空間は異質に思えました。元々アポを取っていた人がいたのでその人のところへ行くと笑顔で迎え入れてくれました。

私の今の状況、会社にどういうことを望むのか、どういう環境が安心して仕事に取り組めるのかなどを聞かれました。結構わがままなことを言った気がします。人の目線が異様に気になるので仕切りがほしいだとかできるだけ音が少ない場所がいいだとか一人のスペースがある方が安心するだとか。それはわがままではありませんよ、そういう場所を選ぶ権利が貴方にはあるんですと担当の方はおっしゃってくださいました。本当にどこまでも優しい方で常々ありがとうございますと頭を下げていました。

ハローワークはもっと冷たく突っぱねるような印象だったのですが私に合いそうな環境の職場をピックアップして持ってきてくれたり仮に内定が通ったあとも定期的に会社にきて伝えにくいことを変わりに上に伝えてくれたりとアフターケアも充実しているらしいです。すごいですよね。そして前の職場の話をするとその上司はペケですね。まるで教育がなっていません。貴方はその中で頑張っていたんでしょう。話を聞いているとわかりますと言われてまたそこで泣きそうになりました。分かる人には分かるんだとそれだけで嬉しくなりました。そしてこの人が言う事なら信用できると、この人は正しいところへ導いてくれると思いました。そして話をしていくたびに未来が少しずつ切り開かれていくようでした。これをしてあれをして、2月ぐらいまでに決まるといいですねとおおよその理想の道筋を示してくれました。それだけで安心感がありました。それを理解してくれる人が自分以外にできたという事実が安心を生み出したんです。また今月末に会う約束をしました。その時まですることはないのでゆっくり休んでください、焦らなくて大丈夫ですからねと念を押しておっしゃっていました。焦りが伝わったんだと思います。少しずつ頑張りたいと思います。

その後は直帰したのですが水も飲まずに歩きつづけていたため疲れ切って家についてすぐ横になって眠ってしまいました。気づくと夜の7時になっていたのですが眠気が続いていたのでそのまま眠ったところ朝の5時に目が覚めたのでそのあとシャワーを浴びて荷物の受け取りをしました。

頼んでいたものが想定していたものと違ったので初めて返品の手続きをしました。普段ならめんどくさがってそのまま受け取ってしまうのですが流石にそれは手元にあっても使いようがないので入れられていた箱に詰め直して梱包テープでぐるぐる巻にして夜に集荷に来てもらうよう手続きをしました。

そうこうしているうちに出かけなくてはいけない時間になっていたので嫌々ながら家の近くの就労支援センターにいきました。行ったことのない建物にはいり矢印が示す通りに歩いて奥にいくと学生がわらわらと勉強をしていました。驚きながら受付に行くと一人の女性が出迎えてくれました。いつも行っている就労支援センターの人が進めてくださった方でした。ここにきた経緯だとか他愛もない話を1時間しました。気が抜けるような安心感がありました。また来ようかなあと思えるような、寄り添ってくれる暖かさがありました。

その後私の元勤務先のことをよく知っている方ともお会いできてその人とは2時間お話しました。最初の印象は元上司に雰囲気が似ていて怖いという感じでした。まあそれは雰囲気だけでいざ話してみるとああ、言うことはバッサリ言って環境を変えていけるタイプの人なんだということがわかりましたしその方は本当に人生を全うしているなと思いました。発言全てに力がありました。「自分はできの悪い人間だからこういう人間をこれ以上増やさないために全力を尽くしたい」そのためにあらゆることをしてきたようでした。話一つ一つに中身があり、世界観に吸い込まれるようでした。そしてそれらは自分の今までの流されるように生きてきた人生に突き刺さってくるものがありました。私には何がある?私は何を残してきた?何もないなあ。何もしたくないし。そういうふうに思いましたしそう言いました。その人は少し困ったような顔をしていました。ただ、私と話している中で「最初は力を活かしにくいかも知れないけれど後輩ができたら輝くタイプだと思う。教えることに長けていて導ける存在だと思う。」「だからその力が腐っていきそうな気がしてもったいなくて仕方ない」と言われました。確かにサークルでもそんな立ち位置だったなあと思う反面、この1年でそれらはこぼれ落ちてしまったからすぐそこに戻ることは難しいと思います。と言うとそりゃ今すぐになんて言わないけれどいつかそうやって持ち味を生かしてほしいなと思ってます。貴方にはそれだけの力があるんですと力強く言われました。最後に名刺を渡されて何かあればいつでも連絡をください。貴方の力になれることがあればなんでも力添えします。といってくださいました。

疲労感を覚えながらもきてよかったなあと思い部屋に戻ると不在連絡票が入っていて集荷のことを思い出しました。長いこと喋っているうちに集荷が来てしまっていたそうです。電話も入っていました。折返し電話をすると後で向かうので部屋にいてくださいとわざわざ戻ってきて荷物を預かってくださいました。本当にありがたかったです。

 

最近はいろんなことを開拓しようと今までの自分を取り戻そうと考えて行動しています。その自分に応えてくれるように人が自分に向けて何かを言ってくださいます。私の目を見て、言葉をかけてくれます。触れる人が増えるたびに私を見る視点が増えていって社会における自分がおぼろげながら形成され始めている気がしますし自分がそこにいる再認識をすることができました。何かをしようというエネルギーを様々な人が私に向けてくれています。どう返せばいいんだろうと悩んでいますが数カ月後にいい形になっているといいなあという淡い期待を持ったりもしています。

 

そういえば2時間お話した人に日記を書いているといったのですが日記を続けられる人はほとんどいないと言われました。実際自分も何回も挫折してきたのでとても理解できました。ただ今書いている日記はかれこれ1年以上続いていると付け加えて言うとそれはすごいことだから自信を持っていいと言われました。思いつきではじめましたが飽き性な自分が続けられている数少ないことの一つになっていました。次の仕事を始めるまでと思っていましたが続けられるだけ続けたいなあと思っています。