@yuing__ の話

鬱になって休職したあと退職した人がtwitterでつぶやかないことを書きます。

浮遊

週のはじめに病院にいってきました。朝9時半に予約していたのに診察できたのは2時ごろで先生にごめんね遅くなってというふうに言われました。それは問題なかったのですが受付でだだをこねてるおじさんとかうめき声を出し続ける車椅子の男性など地獄のような待合室だったのでいつもより疲れていたのは事実です。

先生はいつも優しく接してくださいますが毎日何十人と相手をするからかたまに全く覚えられてないだろうなと思うときがあります。過去のデータを見てはじめてあ、この人かみたいな顔をする時があるのでなんとなく思うだけですがまあいくら私が人生だの生活だのがかかっていても相手も仕事・商売ですから仕方ないですよね。それでも以前の病院に比べたら自分の状況をしっかり喋れるようになりました。血圧も前より元気っぽいねというふうに笑顔で仰ってくれて嬉しかったです。しかし眠れなかったりするだとかまだ不安な気持ちなときもあるというと薬が変わったり少し増えたりしました。

家に帰ってポストを見ると自立支援医療制度の紙が届いていました。まあ簡単に言うと鬱病の治療に関する医療費は1割でいいですよってやつです。本当なら病院に通い始めて3ヶ月以上したらいいらしいのですが私は5月に知ったので少し損をしてしまいましたね。それでもこれは周りから聞いてしれたことでもあるので僥倖でした。認定日まではさかのぼって払い戻しが可能なので次の日の朝早くに払い戻しにいってきました。特段大きな額ではないしあぶく銭でもないと戒めて貯金箱につっこんでおきました。

 

昨日は会社に電話をしました。保険証を返そうと思っているという電話でした。そうすると離職票だの証明書だのあれこれの話、返すお金の話、他にも色々しました。ああこれが最後の電話何だなと思いました。いつも電話の対応をしてくれる経理の方はとても優しい方で調子はどう?と聞かれたときは困ってしまいましたがありのままの状況を言いました。すると早く元気なあなたに戻ることを願っていますよと仰ってくださいました。私は何もできなくて、たった3ヶ月しか動けなくて、迷惑をかけて、本当にすみませんでした。そしてありがとうございました。自分を見つめ直す時間というのはとても得難いものなので感謝しきれません…と言いました。

なってしまったものはしかたないんだからいいのよ、治すことに専念しなさいね。と返されてお母さんを思い出しました。この経理の方は社長のお母さんです。だからかもしれませんがそういう親の暖かさに似たものを感じました。そうして電話は終わりました。

 

そしてその書類が先程届きました。親に協力を仰がなければならないものもあるのでお母さんに電話をしました。いつもどおりふーん、わかったよーという感じでしたが電話が終わったあと涙が止まらなくなりました。昨日一昨日はキビキビ家事ができたのに何も手につかなくなりました。ずっと天井を見ていました。お母さんに会いたい。お母さんの暖かさに触れたい、お母さんとしゃべりたい、お母さんに可愛がられたい。なんだかそういう気持ちでいっぱいいっぱいになってしまいました。ここ最近見ないようにしいていただけで孤独に苛まれ、親の暖かさに飢えていたのかもしれません。でももう少し我慢しなくてはいけません。せめて市役所での諸手続きが終わるまではこっちでがんばらなくてはいけないのです。それでも今日はそれもあって予定していたもののうちの一つを延期させました。意識が頭の中にあるような感じがしなくて、ぼーっとしてしまっていて何も手につかなかったので迷惑をかけてしまいそうだったからです。申し訳ないです。

自分が良くなっていると、なんとなく思っていたのですがなにかの拍子でドミノのように崩れていく均衡がそうじゃないことを物語っていると知りました。さっきまでなんとなく部屋を一周してよくわからなくなっていました。こういう感覚は久々な気がして少し気持ち悪くなりました。ブランコとかアトラクションとかで感じるようなふわっと浮き上がる感じに似たようなあのかんじが不定期に身体で動くような感じで、その度右腕がなんか変な感じがします。気の所為だといいですが。

 

今日はそんな感じです。最近は体力が持たなく昼に仮眠をとる日も増えています。連続で外を出るのもちょっと難しく思えています。当たり前ができなくなっているのを受け止めて、当たり前を当たり前にこなせるようにがんばります。